師と力と少年

昨日は、Juan Malizia(ファン)とManuela Rossi(マヌエラ)のウェルカムミロンガだった。

久しぶりに会う彼ら。

昨年の5月にパリであって以来だからほぼ1年ぶりだ。

人懐っこいマヌエラは僕を「ペティ(ちびすけ)」と呼んで甘えてくる。

姉のようでいて妹のようでもある彼女といると面白い。

ファンは相変わらずドラゴンボールが大好きで「アクセル!また新しいのが出るな!!」と興奮して語ってくる。この体格で永遠の少年でもある。

初日早々レッスンがギッシリ詰まっている彼らとあまり話す時間も無く、夜のミロンガの時間になった。流石にたくさんの方々が彼らのパフォーマンスを見に押し寄せて、かなりの盛況だった。

最近は週末は東京にほとんどいない僕にとってミロンガが水曜なのは助かった。

生で見る彼らのパフォーマンスは圧巻の一言では言い表せない。

時に音もなく流れ、時に激しく打ち付ける水のような踊りをする。

静と動を極め、お互いを知り尽くし信頼しきった彼らの踊りを見ていると自分がタンゴダンサーなどと名乗っているのが恥ずかしくなってくる。

潔く引退しよう、、、、、

と思ってみたりもする(笑)

が、ここまで頑張ってきたのだからもう少し頑張りたいとも思う。

「自分にできることをするしかない。」

昨日タンゴ ソルの隅っこでビールを飲みながら色々と熱く語っている中で言った言葉だ。

僕はファンの身体を持っていないので、彼のようにはできない。

技術もさることながら、肉体のレベルがファンはとにかく別格である。

ファンは昔からカンフーをやっていて、生まれ持った身体の強さも相まって本当に人間なのかと時々思う。

プロレスごっこが好きなファンに自分はよく標的にされるのだが、じゃれ合いながらいつも力の差に驚く。

一応、男子平均以上の筋力を持っているつもりだが、ファンにとってのアクセルなど、僕にとっての10歳の子供のようだ。

もちろんファンはかなり手加減をしていて僕を痛めつけたり怪我させたりなどしないのだが、「向こうがその気になれば瞬殺される」という緊張感がどこか含まれた遊びになってしまう。

この感覚は、男性の肉体を持った僕がいつも女性に与えているかもしれない圧力なのだと、ファンとプロレスごっこをする度に思う。

昔、マヌエラとアゴスティーナと女性をもう1人加えた3人を相手に、僕一人で腕相撲した時に「流石に厳しいな」と思ったが、すんなり圧勝してしまって驚いたことがある。

女性と男性の力の差は基本的にはものすごくあり、それが友達であれ恋人であれ相手への無意識的な圧力があるということを考慮した上でコミュニケーションをとるべきだと思う。

タンゴや他のペアダンスを踊るときは尚更だ。実際に押した引いたを行うわけなので。

ペアダンスがジェントルマンを育てるとしたら「強い俺が弱い相手を守ってやろう」という古典的マッチョな考えからでなく、「対等にいられるために少し気を使おう」という心持ちでいたいと思う。

対等でない踊りが素晴らしい踊りになりえるはずが無いのだから。

 

 

 

ミロンガに話を戻すと、実はラストタンダ後にかかったクンパルシータで「ファン!俺をリードして!!」とフロアに引っ張り出して酒の入った2人で暴れた。笑

テクニックとしてフォロワーを知ってはいても実際に踊る機会がほとんどないので当然フォローしきれないのだが、それでも神リードでものすごく踊らせてくれた。

踊っている最中は必死だったし、ふざけてもいたのだが、正直に感想を言うと

自分と踊っているみたい」だったのである。

これにはすごく衝撃を受けた。

何言ってんだコイツ?と思われるかもしれない。当然だ。

誰も自分と踊ることはできない。

しかしファンから僕の身体に流れてくるリードは確実に「いつも僕が誰かにしているリード」だった。

もちろんレベルが違うのは言うまでもない。安定感、重さ、正確さ、タイミングどれをとっても上なのだが、完璧に同じとは言わないまでもこのリードは僕のだ。

正しく言えば長年僕が彼のレッスンを受けたり、何度も一緒にミロンガに行って彼が踊っているところを凝視して盗んでいたので、「僕のリードがファンに似ている」である。

でも自分で思っていた以上にしっかりと盗めていたことを嬉しく思うと同時に、もっと上手くなりたいのなら土台そのものを高めていかないといけない、と言う現実を突きつけられた。

小手先のテクニックや理論は身についている。

これ以上「もう少しアブラッソがー」とか「ポジションがー」とかやっていてもダメだ。

肉体と、基礎力の強化以外に道がない。

それをなし得るには「何のためにそんなに頑張る?」と言う冷静で客観的な意見を言ってくるもう一人の自分の声が聞こえなくなるくらい愚直になるしかないのだが、時間とともに小狡くスマートにやりこなす知恵がついていく自分を叩き直して泥臭くやっていく覚悟が必要だ。

34歳にしていまだに冷めることなく斜めに構えることなくドラゴンボールやサッカー、タンゴに熱中し続けられるファンの中の無邪気な少年を見る。

僕の中の少年は、長い間無視をされ続けて拗ねているのだろう。

最近は小難しい経済や投資の本ばかり読んでいるが、アニメや漫画を読みたくなった。